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 歩く 鎌倉街道・上道
        (写真枚数 1359枚)
 iー愛ロマンチカ 旧鎌倉街道 探索の旅 上道編」(芳賀善次郎著)を歩く
   
いざ、鎌倉へ
江戸5街道最後の中山道を歩き終わると、なんとなく達成感にとらわれて次のステップを踏めなかったが、
約2年間のブランクを経て鎌倉街道を歩くことにした。

   
鎌倉街道とは
征夷大将軍源頼朝が鎌倉で幕府政治を開くと、越後、信濃、上州などから鎌倉への道が開かれた。
この鎌倉街道・上道は、「信濃街道」、「奥州道」、「大道」などと呼ばれていたが、
江戸時代になり「鎌倉街道」と呼ばれるようになった。
この鎌倉街道は、
在所の武者たちが「いざ鎌倉」を唱え、馳せ参じる性格の強い軍事街道であったと言われている。
なお、当時の街道幅は馬2頭が並んでやっと通れる2m程であったと言う。
鎌倉街道と呼ばれる道はいくつもの道筋があり、関東における代表的なものは次の通り。
(注:本来の上道は、高崎から先に信濃、越後と続く。)
    ルート                   経  路
上道(かみつみち)  高崎→山名→奈良梨→笛吹峠→入間→所沢→府中→本町田→瀬谷→化粧坂→鎌倉
中道(なかつみち)  宇都宮→古河→栗橋→岩槻→鳩ヶ谷→板橋→世田谷→荏田→鶴ヶ峰→上永谷→鎌倉
下道(しもつみち)  松戸→堀切→浅草→大手町→丸子→綱島→菊名→帷子→金沢→六浦→朝比奈→鎌倉
       鎌倉街道経路図 (クリックして下さい)
  
鎌倉街道・上道を歩くにあたり
これまでの江戸五街道などと違い、
オーソライズされた街道マップの入手が難しく、また現地での道標が殆ど期待できそうもない。
従ってここでは、
実際に歩いて道筋を詳細に調べた「旧鎌倉街道 探索の旅 上道編」(芳賀善次郎著、さきたま双書)
に記載されている経路をできるだけ忠実に歩くことにした。
ただ1978年発行と年月が経っているので、
地形が大きく変化しているところは、極力旧道に近い経路を推定して歩いた。
    
歩歴 区間
(区間名をクリックしてください)
1回目 2011.2.26
再歩 3.11)
高崎城址〜山名
2回目 2011.3.11  山名〜中肥土 
3回目 2011.4.7  中肥土〜小前田
4回目 2011.4.20 小前田〜将軍沢
5回目 2011.8.18 将軍沢〜武蔵高萩
6回目 2011.9.8 武蔵高萩〜東村山
7回目 2011.10.20 東村山〜多摩
8回目 2011.10.27 多摩〜横浜・瀬谷
9回目 2012.5.24 横浜・瀬谷〜泉
10回目 2012.7.24 泉〜鎌倉(その1)
泉〜鎌倉(その2)
  
参考資料
旧鎌倉街道 探索の旅上道編」 芳賀善次郎著 さきたま双書
        
           旅と旅行と