香水を詠む

香水

めらめらと香水燃ゆる嫉妬の美

香水の香が動揺を連れきたる

香水やかなしき嘘を楯として

香水が来てメロンの香狼狽す

君を見しより秋風の香が違ふ

蜂若し香水にさへ昂ぶりて

かく小さき香爐大事に九月の暑

菊の香と十一月のくちなわと

菊の香のほのかに暗夜行路かな

春海の香や夕間暮を来し髪に

香水の香が金魚玉曇らする

香水や悲劇の女眉描いて

線香の香の霜月の女かな

Felix Labisse
Felix Labisse

コスメ

アイシャドウ瞬けば秋瞬きぬ

爪染めてくちびる染めて炎えぬ肌

爪染めて汗を怖れて燃えぬ肌

過去帖のような老妓の寒ルージュ

汗の過去汗の現在はろかに虹

かげろへる総身くちびるだけの紅

アイシャドウ寒しスペイドAが出て

アイシャドウいよいよ青く夏めく灯

低い鼻ひたすら塗りて梅雨ふかし

かげろへる総身くちびるだけの紅

Felix Labisse
Felix Labisse

一礼す髪ふっくらと日脚伸ぶ

春は曙旋髪の小さき鏝灼けて

黒髪を束ねしのみよ合歓挿さな

髪束ねゐて親しきよ夜の秋

キチキチ梳かる緑雨に濡れ来し髪

髪匂ふ故秋風の蝶の数

露けしと云ひたる人の日本髪

黄楊の櫛落ちし長身衣更

髪膚の汗海に怒涛のかがやく日

ピン一つなき黒髪や春愁す

Leonor Fini
Leonor Fini

うなじ

襟もとの白きかがやき夏来る

涼しくて乳房の谷の聖十字

乳房双峯かくれもあらず海女の夏

隙間風許し難しと乳房緊む

乳房てふもの持ち乙女春眠す

あかぎれの手のふれている乳房かな

肌ぬいて白き悪魔よ初鏡

脚長く組みて木の椅子さわやかに

日脚伸びしこと敏感にドアガール

鬼灯や浅草乙女下駄履いて

日脚伸ぶ:冬至が過ぎて昼の時間が長くなること。

Leonor Fini
Leonor Fini

ファッション

スカートの模様混乱春暑し

春着なしを羞ぢず昂然一美貌

天に鵙女は赤い靴を履く

霧ふかし洋装和装わかちなく

織初めの木の谺の中の黄八丈

セル淡色闇の深きを背負ひ来ぬ

美しき着崩れ虹は消えざりき

卒業の袴が映る蝌蚪の水

すがた

ぬけぬけと媚態の嘘の春着ぬぐ

媚びよれば鳴るは春夜の耳環かな

白夜光陸の人魚は樹に石に

クリスマス踊り子サロメべろんべろん

菊揺れて女が揺れて食堂車

冬薔薇の棘のするどき虚空かな

森は女王のもの鵙の贄鵙のもの

雲の貌ほのかに月のかぐや姫

シクラメン春待つ玻璃に唇つけて

おだやかに女が寝たるよき蒲団

不貞寝よりさめて女躰を燃やし居り

ひらひらと扇の波を来る女

春寒しピアノのキイは白も黒も

稲妻のむらさきにほふ遠くの樹

月光が過度で灰色になる女

雪女郎月の寂寞纏いたり

春光となりて女が鱈裂けり

嬌声のまさしく春の谺かな

まぼろしの女体の春の山の裾

ふくよかに悪徳美貌冬支度

羞らひは女の砦春爛漫

Klimt
Klimt

俳句は佐々木有風(1892-1959)作