更新日 2016.6.5
 歩く 鎌倉街道・中道   
 iー愛ロマンチカ       (古河市→ 鎌倉
  
            「旧鎌倉街道 探索の旅 中道編」(芳賀善次郎著) を歩く    
(写真枚数 974枚)
      
鎌倉街道とは
征夷大将軍源頼朝が鎌倉で幕府政治を開くと、越後、信濃、上州などから鎌倉への道が開かれた。
この鎌倉街道・上道は、「信濃街道」、「奥州道」、「大道」などと呼ばれていたが、
江戸時代になり「鎌倉街道」と呼ばれるようになった。
この鎌倉街道は、
在所の武者たちが「いざ鎌倉」を唱え、馳せ参じる性格の強い軍事街道であったと言われている。
なお、当時の街道幅は馬2頭が並んでやっと通れる2m程であったと言う。
鎌倉街道と呼ばれる道はいくつもの道筋があり、関東における代表的なものは次の通り。
(注:本来の上道は、高崎から先に信濃、越後と続く。)
    ルート                   経  路
上道 (かみつみち)  高崎→山名→奈良梨→笛吹峠→入間→所沢→府中→本町田→瀬谷→化粧坂→鎌倉
中道 (なかつみち)  古河→栗橋→岩槻→鳩ヶ谷→板橋→世田谷→荏田→鶴ヶ峰→上永谷→鎌倉
下道 (しもつみち)  松戸→堀切→浅草→大手町→丸子→綱島→菊名→帷子→金沢→六浦→朝比奈→鎌倉
       鎌倉街道経路図 (クリックして下さい)
  
鎌倉街道・中道を歩くにあたり
これまでの江戸五街道などと違い、
オーソライズされた街道マップの入手が難しく、また現地での道標が殆ど期待できそうもない。
従ってここでは、
実際に歩いて道筋を詳細に調べた「旧鎌倉街道 探索の旅 中道編」(芳賀善次郎著、さきたま双書)
に記載されている経路をできるだけ忠実に歩くことにした。
ただ1981年発行と年月が経っているので、
地形が大きく変化しているところは、極力旧道に近い経路を推定して歩いた。
    
歩歴  .            区 間
    (区間名をクリックしてください)
1回目 2013.4.18 支道区間(東部日光線新古河駅 〜 鎌倉街道スタート地点)
古河(茨城県中央町) 〜 須賀(埼玉県南埼玉郡宮代町)
2回目 10.12 須賀 釣上新田(埼玉県さいたま市岩槻区)
3回目 2015.9.22 釣上新田 〜 小豆沢(東京都板橋区)
4回目 .10.12 小豆沢〜二子(神奈川県川崎市高津区)
5回目 2016.2.24 二子〜鶴ヶ峰(神奈川県横浜市旭区)
6回目 2016.5.18 鶴ヶ峰〜鶴岡八幡宮(鎌倉市雪ノ下2丁目)
  
参考資料
旧鎌倉街道 探索の旅 中道編」 芳賀善次郎著 さきたま双書
        
旧鎌倉街道 探索の旅」(芳賀善次郎著)  新装復刻版 
絶版になり、市販での入手が難しかったのですが、
株式会社さきたま出版会から、装いも新たな復刻版が全国書店で発売されています。
・ 旧鎌倉街道探索の旅T 上道・山ノ道編 (2017年4月)
・ 旧鎌倉街道探索の旅U 中道・下道編 (2017年8月)
問合先 さきたま出版会 TEL 048−711−8041  FAX  048−711−8044
                     〒 336ー0022 さいたま市南区白幡 3−6−10
     
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