歩く四国八十八カ所
            i-愛ロマンチカ
    
涅槃の道場-香川県(讃岐)
第7回5日目 2015.4.9(木)
           
68番神恵院・69番観音寺(4.9km) 70番本山寺(11.3km)→ 71番弥谷寺
参考資料:「四国遍路ひとり歩き同行二人(地図編)(解説編)」 へんろみち保存協会編
                        
今回も、本山寺から弥谷寺までの間で、2度も道に迷ってしまいロスタイムが約1時間。
道標が溢れているのに、と思うけれど、原因は道標の見落としで不注意ということ。
旧街道の東海道、中山道などを歩くときは、道中八十八カ所のような多数の道標は期待できない。
従て、事前に例えば東京日本橋から京都三条大橋までの全行程をインターネットから1/1000の地図をアウトプットし
現場で迷わないように、分かれ道、入口、曲り角、路地道や消滅している道など全てを細かく事前に調べて、
その地図の束を携帯し確認しながら歩いているので、今回のような道に迷うことは殆どない。
要するに、道標があり過ぎるとそれに頼り切ってしまう、そういう結果が「道に迷う」ということになっている。
でも、道標に慣れ過ぎると、「分かっているけれど、止められない!」
                  
68番神恵院・69番観音寺(4.9km)→ 70番本山寺2
神恵院・観音寺から、0.5kmの前日の終点大小路橋南側交差点出発 8;05。
交差点から左折し、財田川沿いに進み、信号交差点を直進する。
財田川沿いに進み観音寺市から三富市に入り道巾が狭くなり、車侵入禁止
JR予讃線高架下を潜り、その先の分かれ道は左手を進む。
次の分かれ道は右手の坂を上り、車道に出て左折し、すぐ先で左折して財田川にかかる本山橋を渡る。
橋の前方左手に本山寺の五重塔。青空だったらどんなにか美しく見えたであろうに。
続いて
もう一つの橋を渡って左折した右側に、本山寺
本山寺到着、8:56。
今朝出発大小路橋から、4.4km。 所要時間 約50分。 神恵院・観音寺から、4.9km。 延所要時間、 約1時間
     
第70番札所七宝山本山寺(もとやまじ) (香川県三豊市豊中町)
開基:弘法大師   本尊:馬頭観世音菩薩
大同2年(807)、平城天皇の勅願で弘法大師が一夜のうちに堂宇を建立し、馬頭観世音菩薩を刻んで本尊として安置した。
馬頭観世音菩薩を本尊としているのは、八十八カ所ではこの寺のみ。
仁王門:国指定重要文化財で倉時代建立。和様・唐様・天竺様という三つの様式の山門で全国でもほかに例のない円柱八脚門。
本堂:国宝で、正安2年(1300)建立。寄棟造りの本瓦葺き。
和様・唐様・天竺様折衷様式で、外観は京都風、内部は奈良風の造り。
五重塔:大同4年(809)建立で、
現在の塔は明治43年、当時の住職頼富実毅が霊験で目が見えるようになった報恩で再建したもの。
四国霊場で五重塔があるのは、竹林寺、志度寺、善通寺とこの本山寺の4ヶ所だけ。
鎮守堂:県指定文化財で天文16年(1547)建立。
桧皮葺き屋根の素朴なたたずまいで、請雨秘法の霊神・善女龍王が祀られている。
仁王門(山門) 本堂(国宝)
五重塔 鎮守堂
        
70番本山寺(11.3km)→ 71番弥谷寺
本山寺出発、 9:23。
仁王門を出て左折し、境内の角から
左折して境内沿いに進み「富士旅館」前を通り、
突当りを右にカーブしてその先の突当りで
国道11号線伊予街道に出て、左折する。
11号線を進み、六の坪信号交差点を直進し、次の信号交差点も直進する。(この信号で、道の反対側に渡り右側通行する。)
ゆるい坂道を上り、信号交差点を直進して
池沿いに進む。
その先の分かれ道は、11号線と別れ右手を進み、左側の細い坂道を下り、高松自動車道トンネルを潜る。
   
この辺りには道標がなく、それに加えて唯一あった色あせて目立たないワッペンを見落としてしまい先の方へ行ってしまった。
あちこち探しまわてようやく道に迷ったことを悟り、ここへ戻って来た。
ロスタイム、約15分。
坂道を上り、車道に出て左折し、道なりに進み集落に入る。
珍しい形の燈籠と昔懐かしい半鐘の脇を通り、道なりに進み分かれ道は右手を進み、変則交差点は直進する。
池の脇を通り、左手の11号線と並行して進み、右にカーブして住宅街の中を通る。
道なりに進み、突当りの信号交差点で横断歩道を渡り国道11号線に出て、右折する。
横断した11号線左側の鳥居の奥に、
七義士神社権兵衛神社
七義士神社権兵衛神社:1750年に起こった讃岐最大の百姓一揆、
「寛永の百姓一揆」で処刑された首謀者七人の義民を祀る神社。
11号線を進み、池の脇を通り、「三豊市高瀬町境界標識。「町」の境界標識を、わざわざ表示するとは、珍しいのでは?
境界標識のすぐ先で、左側の細い坂道を下り、池沿いに右にカーブして半周し、突当りを左にカーブする。
池沿いに進み、集落を通り抜け、また池沿いに進んで右にカーブする。
その先で左にカーブして車道を横断し、住宅街を通り、車道を横断する。
左にカーブし右にカーブして高津神社前を通り、新築民家のレンガ塀に立派な石造「道標」。
道標には、写真右上のように
日本語と英語で、
「遍路道 SHIKOKU HENRO TRAIL  ← 5.11km本山寺Motoyamaji  弥谷寺Iyadaniji6.33km →」。
遍路旅をしている外国人とも時折会いますので、彼らには英語表示は助かると思います。感謝!
時は、10:58。 所要時間、約1時間30分。
その先で、
車道を横断する。
道なりに進み、県道23号線を横断して細い道に入り、その先で国道11号線に出て左折する。
11号線を進み、すぐ先の高瀬橋の袂に「この高瀬橋を渡ったところにへんろ小屋がある看板、それも大きな付で。
    
ここで大失敗。
確かに橋を渡ると数分先に、「
おへんろ休憩所 ヘンロ小屋53号茶処みとよ高瀬」があったが、
その先は行けども行けども道標なし。
この11号線は、車遍路の道であったと分かり、橋の袂まで戻ってよーく見ると、
なんと看板の脇のポールに、橋の袂から「左折する」道標ワッペン。看板に惑わされて、見落としてしまっていた。
ロスタイム、約50分。
道標ワッペンに従い橋の袂から左折して、高瀬川沿いに進み、その先の金光教教会前で右折し橋を渡る
橋を渡って左折し、県道221号線を道なりに進み、県道222号線との信号交差点を直進し、
分かれ道は左手の221号線を進む。
四国新聞看板前を通り、閑静な住宅街の中を通り、交差点を直進し一般道に入る。
小さな橋を渡って直進し、もちや商店角から右折し、落合バス停前を通り道なりに進む。
前方に、前日晩翠旅館で同宿した長崎からの5人組の姿。
緑の風景が多くなり、そして家並の道、とても美しい姿の母娘の山々
長崎の5人組を追い越す。
大屋敷バス停前を通り交差点を横断して、ゆるい坂道を上り、「四国七十一番弥谷寺石柱脇を通る。
次の交差点を直進し、住宅の中の細い坂道を進み、次の交差点も直進して左にカーブする。
坂道を上り、突当りを右折し、県道48号線の坂道を上る。、
その先の「弥谷寺案内板(合成写真)のところで左折し、坂道を下り民家に隣接して八丁目大師堂
続いて、「ご自由にご利用下さい 足湯」。湯気が立っていないので、冷泉?だったかも。
道なりに進んでゆるい
坂道を上り、野仏像の立つ枯葉道を進む。
左にカーブし右にカーブして道なりに進み、車道を横断して、
駐車場左端の「
弥谷寺本堂 五八一米石柱(合成写真)の立つ坂を上る。
上り切ったとこのろの「1Fトイレ・休憩所 2F山上バス待合所」から左折し、
表参道巡拝路→」「表参道(本堂迄540段)標識に従って進み、参道階段
この階段から、本堂まで540段。
階段を上り切った正面に、「←弥谷寺 530m 曼荼羅寺・出釈迦寺 徒歩3.8m→道標
72番曼荼羅寺へは、ここまで戻って来て右手へ進む
左折して弥谷寺へ向かい、次の参道階段を上り、「
俳句茶屋」アーケードを通ると、弥谷寺山門。
弥谷寺到着、13:15。
本山寺から、11.3km。 所要時間 約4時間(ロスタイムを除くと約3時間)
俳句茶屋
ここの俳句茶屋に、リックサックを預かってもらった。
無料であるが、気は心、帰りに400円也のところてんをいただきました。
俳句茶屋だけあって、俳句の短冊が店の内外に隙間がないくらいビッシリ。
確かご主人の話では1万5千枚くらいあるとのこと。
よく見ると、バレーの益子直美、
女優の真鍋かおり、左から7枚目に元首相の管直人。
御主人から、どこから?と聞かれたので、「横浜から」と答えた。
御主人曰く、遍路の人は圧倒的に「神奈川県(横浜も神奈川県)」が多いとのこと。
実は、これまでも歩く道みち「どこから」と聞かれることがあるが、異口同音にやはり「神奈川県」の人が多い、という。
何故だろう?地理的も四国に近いわけでもなし、特別宗教に熱心な県民とも思えないし….偶然かな?
         
第71番札所剣五山弥谷寺(いやだにじ)  (香川県三富市三野町)
開基:行基  本尊:千手観世音菩薩

約1300年前、聖武天皇の勅願により行基が堂宇を建立し、光明皇后の菩提を弔う為、経を祀り、寺院を創建した。

弘法大師は、7 - 12歳の期間、当寺の岩窟である獅子之岩屋で学問を学んだ。
大同2年(807)、唐より帰国した弘法大師は当地で再び修業し
蔵王権現のお告げにより千手観音菩薩を刻み安置して伽藍を再興し、山号を剣五山千手院、寺名を弥谷寺と改めた。
寺は、天正年間(1573~92)の戦火で焼失し、その後丸亀藩主京極氏が再興した。
標高382m弥谷山は、古から霊山として信仰され、日本三大霊場(恐山・臼杵磨崖仏・弥谷山)の一つに数えられていた。
弥谷寺は、弥谷山の中腹の岩山に建ち境内の岸壁には磨崖仏などが刻まれ、本堂も大師堂も岸壁と一体となっている。
本堂までは、540段の階段を上る。そこからは、三野町の平野そして讃岐の山々を眺望することができる。
仁王門(山門) 延々と続く階段 上り切ったところに大きな
元禄年間(1688~1704)造立
金剛拳菩薩像
続いて百八段階段。(右写真は、上から下を見る)
108の意味
 煩悩の数:根本煩悩88+枝末煩悩20。
 
 年を意味する:・月の数12・24節季・72候(中国の季節方式)=108。
 四苦八苦を落とす:4×9+8×9=108。
大師堂 多宝塔 鐘楼堂
階段 岩窟の護摩堂 本堂まであと90段の最初の階段
水場之洞(願掛地蔵) 階段 比丘尼谷磨崖仏(阿弥陀三尊)
最後の階段 本堂 三野町と讃岐の山々
67番太興寺~
70番本山寺1
72番曼荼羅寺~
75番善通寺
八十八カ所
徳島県 高知県 愛媛県 香川県