英独レーダー戦

英独航空戦

1940年7月10日の08:15、悪天候であった。ドイツの気象観測偵察機ドルニエ1機が英本土に侵入し、これを英スピット・ファイアーが撃墜して英独航空戦が始まった。その日の午後ドーバーの CHAIN HOME レーダーがカレー方面から飛来する独の編隊120機を発見してスピット・ファイアーとハリケーンが迎撃する。翌日からドイツ爆撃機と戦闘機の来襲が続く。19日にヒトラーが英に対する和平提案を演説する。しかし22日にチャーチルは和平提案を拒絶し,ヒトラーが英本土上陸作戦を発令する。
8月12日8:30、16機のメッサーシュミットBf110が英仏海峡を低高度で飛行してドーバー上空に進入する。ライに配備の CHAIN HOME レーダーが探知するが、この航空機が敵か味方か分からないままメッサーシュミットが来襲してライ、ダンカーク、ドーバーのレーダー基地を爆撃する。ドイツは英のレーダー施設を破壊したことを確認して、09:00から約100機のユンカース爆撃機Ju88と約100機のメッサーシュミットの編隊がポーツマス軍港とワイト島のベントナーレーダー基地を攻撃する。他のレーダー基地がこれを探知して迎撃するが、ベントナーレーダー基地は完全に破壊される。ライとベントナー以外のレーダーは修理される。英空軍は22機を失い、独空軍は31機を失う。翌日から独空軍は1日延べ1000機以上で爆撃する。
8月24日深夜、ハインケルHe111爆撃機が来襲してテムズ河口の石油タンクを爆撃することになっていたが、曇りのため誤ってロンドン市を爆撃する。英は報復のために翌日ベルリン市を爆撃する。これにヒトラーが激怒して、ドイツの爆撃目標がそれまでの空軍基地からロンドン市に変更になる。9月7日にドイツは大規模な空爆を行う。
この日、米国とレーダーの共同開発のために、英から7人のレーダー技術者が周波数3GHzの高出力マグネトロンを持って米ワシントンに到着する。
。 9月15日日曜日、チャーチル首相がロンドンに近いアックスブリッジ空軍基地を訪問する。地下15mの戦闘指揮室の部屋の中央の大机の上に地図があり、 FILTER ROOM から情報が入ると,女性兵士がドイツ航空機の飛行位置と飛行高度をマークする。味方戦闘機の位置もマークされている。チャーチル首相が指揮室に入って直ぐの11:00、英レーダーが仏沿岸のブロー二ュとカレ−の上空にドイツ大規模編隊を探知する。英空軍が迎撃、ロンドンに向かうドイツ爆撃機を英スピット・ファイアーとハリケーンが攻撃し、大空戦が行われる。英戦闘機は全て離陸し給油のために戻ってくると、チャーチル首相が、
地上に戦闘機はもう無いのか。
と質問すると,指揮官が、
全くありません。
と答える。この日60機のドイツ爆撃機を撃墜し、英はこの日を バトル・オブ・ブリテン・デイ と呼ぶ。9月17日、ヒトラーは英国本土上陸作戦を無期延期する。

ベントナーのレーダーアンテナ
ベントナーのレーダーアンテナ
(1947年)

テームズ河上空のハインケル
テームズ河上空のハインケルHe111

ドイツ新鋭戦艦 ビスマルク号 追跡

ドイツ戦艦 ビスマルク と英海軍の海戦は英国本土航空戦に匹敵するレーダーが使われた戦である。ドイツは大西洋で連合国の貨物船を攻撃する通商破壊作戦を行っていた。これをさらに強化するため1941年5月18日の夜、バルト海に面するゴーテンハーフェン港から1隻の戦艦と1隻の重巡洋艦が大西洋に向かう。艦隊司令長官はリュッチェンス中将である。戦艦は前年8月に竣工した排水量4万2千トン、全長251メートル、15万馬力、最高速度30ノットの ビスマルク である。8門の38センチ砲を搭載し、舷側の鋼板は浸炭硬化処理されている。

ビスマルク号
ノルウェーの港に停泊中のビスマルク号

『ビスマルク号』は戦艦『大和』の約1年前に竣工した。もう一隻の重巡洋艦は排水量1万4千トンの『プリンツ・オイゲン』である。
5月20日,『ビスマルク』が幅が狭いカテガット海峡を通過する。この日は快晴であった。ノルウェーにいる英国情報員が2隻の大型軍艦が北西に航行しているのを発見して英海軍に報告する。5月21日,2隻はノルウェー南西部,フィヨルドの奥にあるベルゲン港に入る。13:15,英国のスピット・ファイアー偵察機が高度7500mから2隻の写真を撮る。翌日,2隻は出航してアイルランドと,アイスランドの間のデンマーク海峡に向かう。この日は悪天候であった。スコットランド東にあるシェトランド島の英海軍基地からメリーランド双発機に乗るラザラム中佐がベルゲン港を偵察すると2隻はすでに港に停泊していなかった。この報告を聞いて英艦隊がドイツの2隻を追って出撃する。
デンマーク海峡は幅が約300kmで,グリーンランド側の3分の2は氷原となっていて船が航行できる幅が狭く,さらに霧が深く,氷山が多く非常に危険な海峡である。2隻は艦船レーダー SEETAKT を使用して航行している。

ビスマルク号のゼータクト
ビスマルク号の艦船レーダー SEETAKT

英海軍の巡洋艦『サッフオーク』と『ノーフォーク』がデンマーク海峡でドイツの2隻を追跡する。『サッフオーク』は1938年に完成した英海軍最初のレーダー航空機監視レーダー Type 279 と、ドイツのレーダー『ゼータクト』を参考にして開発した射撃制御レーダー Type 284 を搭載している。『ノーフォーク』は艦船監視レーダー Type 286M を搭載している。
5月23日19:15、快晴、デンマーク海峡で『サッフオーク』が『ビスマルク』を発見してレーダーで捕捉しながら追跡する。『ノーフォーク』は『ビスマルク』に発見されて、霧の中に隠れる。2艦の距離は10kmである。『ビスマルク』が『ノーフォーク』を砲撃するが命中しない。主砲発射の衝撃によって『ビスマルク』艦首のレーダーが壊れて先行できなくなり『プリンツ・オイゲン』を先行させる。
『ノーフォーク』は『ビスマルク』の位置を英国艦隊に無線連絡する。東方540kmから英国の戦艦『フッド』と戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』が『ビスマルク』に向かい、『キング・ジョージ五世』が南東1000kmから『ビスマルク』に向かう。
『サッフオーク』は Type 284 を使って追跡する。このレーダーは高い周波数であって長時間使用すると送信管が過熱するので、冷却するために時々レーダーを停止していた。停止している間に『ビスマルク』を見失ってしまう。
5月23日,『フッド』と『プリンス・オブ・ウェールズ』が『ビスマルク』を発見する。『フッド』は対空監視レーダー Type 279M と射撃制御レーダー Type 284 を搭載している。『プリンス・オブ・ウェールズ』は対空監視レーダー Type 281 を搭載している。
『フッド』と『ビスマルク』は距離18kmで交戦する。06:01『ビスマルク』の主砲が『フッド』に命中して沈没し、『プリンス・オブ・ウェールズ』も艦橋を損傷する。『ビスマルク』も燃料タンクを損傷したため修理のためにフランスのブレスト港に向かう。 英国海軍の戦艦『キング・ジョージ五世』と空母『ビクトリアス』が『ビスマルク』を追い、『プリンス・オブ・ウェールズ』の Type 281 のレーダー波を『ビスマルク』の電波探知機『レトックス』が捉える。
5月26日、2機のカタリナ偵察機が北アイルランドから『ビスマルク』の捜索のために飛び立つ。雲が立ち込めて視界が悪い中で10:15、高度700mで『ビスマルク』を発見する。『シェフィールド』のレーダー Type 79Y も『ビスマルク』を発見する。空母『ビクトリアス』、『アークロイヤル』からソードフィッシュ雷撃機が飛び立ち、航空機搭載艦船捜索レーダー ASV Mark 2 がビスマルクを発見して魚雷攻撃する。20:30,航空魚雷2本が命中して『ビスマルク』は舵を損傷する。5月27日、英国戦艦『ロドニー』と『キング・ジョージ五世』からの砲撃と、重巡洋艦『ドーセットシャー』が魚雷攻撃すると10:36『ビスマルク』は沈没する。
Type 79 の仕様
周波数43MH43MHz
出力70kW
アンテナ送受別
探知距離100km
距離精度400m
稼動1938年
Type 284 の仕様
周波数600MHz
出力25kW
アンテナ八木宇田アンテナ
探知距離18km
稼動1940年

Type 286M
周波数214MHz
アンテナ回転しない
探知距離潜水艦1.8km
Type 281
周波数86MHz
探知距離200km
稼動1940年
ASV Mark 2
周波数200MHz
探知距離65km

Type284
Type 284

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佐々木 梗 横浜市青葉区
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