英米マイクロ波レーダー共同開発

ティザードミッション

レーダーにマイクロ波を使うと探知能力が飛躍的に向上する。しかし開発には多くの時間と資金が必要で,開戦後1年が経過している英国は開発力と生産力が弱くなっていた。
1940年9月, 英国チャーチル首相と米国ルーズベルト大統領が,

「英国が持つ最新レーダー技術を米国に公開し,代わりに米国が開発と生産に協力する。」

ことを合意した。技術交換のために英国から7名が米国に派遣される。メンバーは空軍科学研究所のティザード,陸軍からワラス,海軍からフォークナー,空軍からピアース,陸軍研究所のジョン・コッククロフト教授,航空機搭載用レーダーの開発をしていたボーエン博士と,庶務担当である。
日本が40名におよぶ軍事技術調査団をドイツに派遣するのは,この4ヶ月後である。
メンバーはマグネトロンと,技術資料を持って9月6日にワシントンに到着する。この日は英国本土がドイツ爆撃機によって大規模な空襲を受けていた日である。米国のベル研究所が電源や磁力発生装置を準備して10月6日にマグネトロンの実演を行い,それまでベル研究所が実験していた数千倍の出力の10-15kWのマイクロ波が発生した。米国はこの実験を見てから技術協力に積極的になる。レーダー開発会議が翌週から始まり,4つの共同開発テーマが決まる。

米国放射波研究所の設立

米国と英国は先端レーダーの開発のための国家組織を新設する。国家防衛研究委員会の中にマイクロ波レーダーの開発のために放射波研究所を設ける。研究所をマサチューセッツ工科大学の構内に設け,大戦中に米国が開発したレーダーの半数はここで生み出された。最盛期には約4千人が働いた。英国も11月に無線研究所を設立する。

艦船搭載用マイクロ波レーダー SG

米国は戦争をしていなかったので、レーダーを実戦で使用した経験が無かった。開発の指導のためにボーエン博士が米国に残る。米国は,英国のマイクロ波レーダー Type 273 を参考にして,艦船搭載マイクロ波レーダーを開発して巡洋艦『セメス』に搭載し1941年6月に霧の中での試験に成功,1942年に完成する。レイセオン社が約1000台生産する。

SG の仕様
周波数3GHz
出力50kW
パルス幅1.3-2.0μs
パルス繰返し周波数775Hz
水平ビーム幅5度
垂直ビーム幅15度
距離精度180m
探知距離(艦船)27km
探知距離(潜水艦)9km
アンテナパラボラ

昭和17年10月11日深夜,ガダルカナル島のエスペランス岬沖で『ヘレナ』と『オーガスタ』のマイクロ波レーダー SG が日本海軍の巡洋艦と3隻の駆逐艦を探知して,これを撃沈する。以後日本海軍がそれまで得意としていた夜戦が使えなくなった。

マイクロ波艦船搭載用レーダー SG
マイクロ波艦船搭載用レーダー SG


自動追尾射撃制御レーダー SCR-584

自動追尾レーダー SCR-584
自動追尾レーダー SCR-584

放射波研究所はマイクロ波を使用した射撃制御レーダーの開発を始める。このレーダーは一旦,飛行目標を捕捉すると,目標を自動追尾するレーダーである。マイクロ波を使うためビーム幅が狭く,目標の方向誤差は数メートルである。
試作レーダーが完成し,1941年5月31日,マサチューセッツ工科大学の屋上にレーダーと,高射砲の台座に撮影機を取り付けて近くを飛ぶ航空機を追尾しながら撮影に成功する。陸軍通信研究所のコルトンがこの映像を見て,すぐに製品開発を指示,開発コード XT-1 の試作品がバルチモアのウェスチングハウス社で完成し,1941年12月7日の真珠湾攻撃の日に実験が行われた。
翌年4月にジェネラル・エレクトリック社とウェスチィング・ハウス社に1256台の製作指示が出て,1943年5月に第1号機の自動追尾レーダー SCR-584 が完成する。
レーダーからの出力信号はベル研究所が開発したメカニカルコンピューター M-9 に入力されて,4台の高射砲を制御する。SCR-584 は1944年2月にイタリアのアンジオで使用されて,優れた性能が実証される。太平洋では SCR-584 の訓練学校をガダルカナル島に設立し,レイテ島やフィリピンに合計20数台の SCR-584 を配備した。

SCR-584 仕様
周波数3GHz
出力250kW
パルス幅0.8μs
パルス繰返し周波数1707Hz
ビーム幅4度
距離精度23m
方向精度0.06度
捜索距離63km
自動追尾距離28km
マグネトロン2J32
アンテナ1.8mパラボラ

自動追尾レーダー SCR-584コンソール
SCR-584 コンソール

メカニカルコンピューター M-9
メカニカルコンピューター M-9

マグネトロン 2J32
マグネトロン 2J32


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佐々木 梗 横浜市青葉区
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