パルスレーダー

日本本土の防空体制

日本でも科学技術を国防に動員することが必要と考えられていた。日本政府は日本本土の防空体制が非常に脆弱であることを認識して1941年(昭和16年)1月10日に「国土防空強化に関する件」を閣議決定する。

航空機の発達に伴ひ直接国内要衝に対し絶大なる武力戦的破壊行為を恣らするに到り,他面我が国防空態勢の現状は不備欠陥頗る多く,加ふるに都市の対空禍脆弱性大なるものあるに鑑み高度国防国家態勢確立の為速かに国土防空の強化を図る。

続いて「防空研究の統制と防空研究に対する各省の積極的協力」が決まり,5月27日に「科学技術新体制確立要綱」が閣議決定される。その目的は,

「高度国防国家完成の根幹たる科学技術の国家総力戦体制を確立し科学の画期的振興と技術の躍進的発達を図ると共に其の基礎たる国民の科学精神を作興し以て大東亜共栄圏資源に基く科学技術の日本的性格の完成を期す。」


陸軍

超短波警戒機 乙

ドイツで調査中の佐竹から

「ドイツではレーダーにパルス波を使っている。」

と報告が入ると,陸軍は直ぐにパルス波レーダーの開発を始めた。周波数75MHz,5kWのパルス波を使って神奈川県川崎市生田にある陸軍技術研究所から,15km離れた立川飛行場に離着陸する航空機の探知に成功する。1941年(昭和16年)の秋にパルス波を使った試作機 超短波警戒機 乙が完成して1号機を銚子に設置する。

タチ6号

超短波警戒機 乙 は要地用,野戦用,船舶用の3種類が作られた。
要地用は タチ6号 で日本電気が担当する。開戦前の1941年10月に試作品が出来あがり,1942年6月に銚子に設置する。しかし4月18日のドーリットル空襲には間に合わなかった。生産台数は350台。
タチ6号 の仕様
周波数75-95MHz
出力50kW
パルス繰返し周波数500/1000Hz
パルス幅10-70μs
探知距離200km(航空機編隊)
距離精度±5km
方向精度±3度
送信アンテナ2×4 反射器付指向空中線
ビーム幅は60-120度
受信アンテナ2×2 指向空中線手動回転
送信管TR-594Gプッシュプル
受信管高周波増幅 ME-664 (日本電気)
表示装置ブラウン管 SSE120G (直径12cm)
送信機 Block Diagram
受信機 Block Diagram
ブロック回路図は『海軍レーダー徒然草』を参照した。

タチ7号

野戦用 タチ7号 は1942年10月に岩崎通信に開発が指示されて,翌年4月に試作機が完成する。(仕様は横浜旧軍資料館資料)
タチ7号 の仕様
周波数60/100MHz
パルス繰返し周波数750Hz
パルス幅20-40μs
出力50kW
送信機発信管RT-323
表示装置ブラウン管 SSE120G (直径12cm)
探知距離150km
距離精度±5km
方向精度±5度
アンテナ送受信共用 半波長ダイポール高さ8m
電動回転
重量18トン

パルスレーダー構成

陸軍レーダーの名称は,『タ』が陸軍多摩研究所,『タチ』は地上用,『タセ』は船舶用,『タキ』は航空機搭載用である。

電波警戒機乙
超短波警戒機乙のアンテナ
左:送信用,右:受信用

タチ6号受信機
タチ6号受信機と表示機

タチ35
タチ6号の高度測定レーダー
周波数 82MHz, 出力 50kW,探知距離100km,距離精度±1km,測角精度±1度,測高精度±500m

タチ18号

重量が18トンの タチ7号 を軽量化して4トンにしたのが タチ18号 である。東芝が担当して1943年2月に試作機が完成。400台生産される。このレーダーアンテナの形は米陸軍の航空機早期監視レーダー SCR-270 と似ている。
タチ18号 の仕様
周波数94-106MHz
パルス繰返し周波数375Hz
パルス幅10-70μs
出力50kW
探知距離200km(航空機編隊)
距離精度±5km
方向精度±5度
アンテナ6×4 ダイポール 回転式
重量4トン

超短波警戒機 乙の日本本土配備

超短波警戒機 乙の日本本土配備

タチ18号
タチ18号

SCR270
米陸軍 航空機早期監視レーダー SCR-270

SCR-270の主性能
周波数106MHz,出力100kW,航空機探知距離180km(高度6100m),距離精度 180m


海軍

海軍のパルスレーダー

海軍も周波数60MHz 出力500w の電波干渉を利用する、陸軍の超短波警戒機 甲と同じような探知機を1942年に数十台試作していた。
しかしドイツに出張中の伊藤から1941年(昭和16年)4月24日,海軍艦政本部に,

「ドイツのレーダーはパルス波を使っている。」

と報告が入る。英国,米国の駐在武官からもレーダーに関する情報が入って海軍技術研究所もパルスレーダーの開発を始める。
7月11日に海軍機密指令『超短波方向距離探知装置に関する件』が発令され,16日に海軍,大学,企業を集めて『電波探信儀に関する実務者会議』が開かれる。ここでドイツの艦船搭載レーダー SEETAKT や,航空機監視レーダー FREYA ,射撃制御レーダー WÜRZBURG の情報を参考にして技術検討を行い,二つの開発方針を決める。
1は,伊藤が以前から開発を進めてきた周波数3GHzの『100号』で,もう1つが周波数75MHzの『200号』である。用途は艦船搭載用と陸上設置用の2種類を製作することが決まる。開発目標は敵艦船までの距離を正確に測定できる 射撃レーダー の開発である。
これら検討に基づいて,海軍大臣が1941年(昭和16年)8月2日に『仮称電波探信儀研究実験の件訓令』を発令する。

日本海軍レーダーの型名
1号が陸上用の監視レーダー,2号が艦船搭載監視レーダー,3号が艦船搭載対艦射撃レーダー,4号が陸上対空射撃レーダー,航空機用レーダーは"H-6"のような記号

1号1型電波探信儀

開発は橋本宙二中佐がプロジェクトリーダーとなる。受信機は日本放送協会の高柳健次郎に依頼し,パルス送信機は日本電気に依頼する。周波数を100MHz,出力5kWの試作機が完成して、1941年9月に三浦半島の野比の海軍機雷学校に設置して実験して距離97kmの爆撃機を探知する。アンテナを改良して探知距離が145kmにまで延びると11月に千葉県勝浦市に1号機を設置する。2号機は神奈川県衣笠防空砲台に設置する。住友通信工業と東芝が約30台生産した。戦地ではトラック諸島の春島、ラバウル、マーシャル諸島、キスカに設置される。初期の頃から故障が頻発して改良機が作られた。
1号1型電波探信儀 の仕様
周波数100MHz
パルス幅10-30μs
パルス繰返し周波数530-1250Hz
ピーク出力5kW(改0と改1),40kW(改2以降)
アンテナ9m×7m
回転送受信室一体で回転
探知距離(航空機編隊)250km
距離精度1-2km
方向精度2-3度
送信管3極管 TR-1501(日本電気)
受信管UN-954
重量8.7トン

1945年6月に出来あがった改良型のブロック図を載せる。
US NAVAL TECHNICAL MISSION TO JAPAN "JAPAN LAND BASED RADAR"

1号2型電波探信儀

1号1型を軽量化して移動できるように,波長を半分の1.5mにしてアンテナを小型化したのが1号2型電波探信儀である。
1号2型電波探信儀 の仕様
周波数200MHz(改は150MHz)
パルス幅10-30μs
パルス繰返し周波数1000Hz
ピーク出力5kW
探知距離(航空機編隊)100km
測角精度5度
アンテナ4×3m
重量6トン

一号一型電波探信儀
1号1型電波探信儀

TR-1501
空冷3極管 TR-1501

TR-1501
UN-954

1号2型電波探信儀
1号2型電波探信儀(トラック島)

1号3型電波探信儀

1号2型 の送信機と受信機を分解して運搬できるようにして,さらに小型化して八木アンテナを採用したレーダーが 1号3型電波探信儀 である。1943年(昭和18年)に装備品が完成する。地上用と艦船搭載用の2機種がある。1号2型よりも性能が優れているので戦艦,空母,巡洋艦にはそれぞれ2基,小型艦艇には1基,潜水艦にも装備する。合計2000台近く製作された。1943年10月には『大和』,『武蔵』に搭載する。
1号3型電波探信儀 の仕様
周波数150MHz
パルス幅10μs
パルス繰返し周波数
ピーク出力10kW
探知距離(航空機編隊)100km
距離精度2-3km
方向精度10度
送信管3極管 T-311 PP
受信高周波増幅UN954
表示装置ブラウン管 BG75A (日立)
アンテナ送受信兼用の八木・宇田アンテナ
重量110kg
ブロック回路

1号3型電波探信儀
1号3型電波探信儀(左)送信機(右)受信機

1号4型電波探信儀

サイパン島の失陥による本土空襲の激化が予想され,B29の編隊を500kmの遠方で捕捉することを目的にした最も最新の長波対空早期警戒レーダーである。昭和20年1月から研究を開始し,6月に終了した。アンテナは大型構造物で幅6m、高さ7m、深さ4.7m。アンテナは2要素半波長八木アンテナ。戦争終了時に石廊崎,樫野崎,都井崎の見張所で建設が始まった。
周波数50MHz,尖頭出力100kW,パルス幅20μs,パルス繰返数 250Hz, アンテナは絞射空中線(河津技術大佐特許)。

1号3型電波探信儀
1号3型電波探信儀(艦艇用)

T-311
T-311

ブラウン管 BG75A
ブラウン管 BG75A


2号1型電波探信儀

1号2型電波探信儀 の艦船搭載用が 2号1型電波探信儀 である。最初はアンテナと一緒に部屋も一緒に回転する構造であったが,後にアンテナだけが回転するように改良される。1943年から装備され約80台生産されるが 1号3型 が完成すると装備されなくなる。製作は東芝。

2号1型電波探信儀 の仕様
周波数200MHz
パルス幅10-30μs
パルス繰返し周波数500/1000Hz
ピーク出力5kW
探知距離(航空機編隊)100km
距離精度1-2km
方向精度±5度
送信管3極管 T-310
表示装置ブラウン管直径105mm
アンテナ送受信別のダイポールアンテナ回転式

2号1型電波探信儀
2号1型電波探信儀

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佐々木 梗 横浜市青葉区
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